2009年11月23日

ゲオポリティク

今日からは日本人の最も弱い地政学に入る。以前、中国を書いていた時に「地政学10ヶ条」を書いたが、2009年1月29日の「地政学上での周辺国」をもう一度復習してほしい。これを読めば、日本人が如何に地政学に疎いかがわかる。これはまた、中国の36計はそれに通じるものがある。「箱庭日本」とか「あうん」、「移民拒否」がこの地政学の範疇に入ると思う。

36計:兵法は戦術、いわゆる戦い方の術だけでなく、戦略や政略といった政治・外交まで幅広く使える技だ。正直に真正面からぶつかるだけでは、平和を望むのは難しい。また、正々堂々とぶつかるにしても、相手が打ってくる変化球を見極める事ができれば、更なる手がうてる。この兵法は基本中の基本で、実際は複数の兵法を組み合わせたり、裏技を使ったりしてくる。
http://www4.ocn.ne.jp/~tishiki/hyouhou36.html

日本人はこの技法が出来ない。「あうん」のせまい国にいたせいか、こうした策略の世界を知らない。私の家族は中国なので、こうした世界に中にいるので、私は理解できるが、使うことは上手ではない。彼らはもの心ついた時から徹底的に叩き込まれている。だから、交渉術にはたけている。日本人がこの中国人とインドのタミール人とで組めることが出来れば、世界のユダヤ人に勝てる。日本人だけでは決して勝てない。と言うことは将来単独でアジアでビジネスを考えていては成功できない。拙書『本社も経理も中国へ』(ダイヤモンド社)に詳しい。

日本では65%の人が中国をよく思っていない。歴史的な問題が最大の原因だが、中国は昔から戦争ばかりしているので、漢民族とはいえ、多くの人種が混在した国だ。我々のような単一文明の国ではない。そうした意味で、中国から学ぶべきものは多いが、今回は英語を原典にしているので、このドイツの地政学の翻訳を通じて、この議論をしたい。中国のすごさは英語圏では最近少しずつ理解されて来ているが、大した量の記事はまだない。さて始めよう。

ゲオポリティク

Geopolitik 「ゲオポリティク」は独特のドイツ戦略地政学の一派である。Otto von Bismarckのドイツの統合後に思考の明確な形態として開発されたが、本格的には皇帝Wilhelm二世の時にその開発は始まった。

皇帝ウィルヘルム二世:1888–1918
Otto von Bismarck: 首相 1871–1890
ドイツの統合:1871
ドイツ帝国 第二帝国:1871–1918
ヴァイマル共和国:1918 - 1933
ナチス・ドイツ 第三帝国:1933 - 1945

ドイツ民族に関しての、経済空間としての中心的な考え方はドイツ帝国から Adolf Hitlerの第三帝国まで継続性を持っている。しかしながら、帝国の戦略地政学者、ドイツの政治地政学者、ナチ戦略家達は相互に広範囲のコンタクトがあった訳ではなく、ドイツの「ゲオポリティク」がコピーされたのでもないし、次の世代に渡されたのでもない。しかし、多分、ドイツの地理学、政治地理学、文化地理学の恒久的な側面を反映して来ていることを示している。

「ゲオポリティク」は広く、様々な源泉から開発され、Oswald Spengler, Alexander Humboldt, Karl Ritter, Friedrich Ratzel, Rudolf Kjellén, and Karl Haushoferらの著書を包含する。これはついにはAdolf Hitlerのイデオロギーに適合するようにして、採用された。

その定義した特色の中に生体組織理論 organic state theoryがあり、それは社会ダーウィン主義によって、特徴づけられている。

社会ダーウィン主義 Social Darwinism

ダーウィンの生物進化論の所説に立脚して、社会過程を説明し、社会進化の観点から社会変動解釈しようとした、19世紀後半以降今日に至る社会思潮の流れを、一括して社会ダーウィン主義とよぶ。

その内容は、具体的には、次の三つの類型に分けられる。第一に、ダーウィンの生存競争と自然淘汰(とうた)という考え方を社会現象、とりわけ自由放任の経済現象に適用し、資本と資本の競争とその下での利潤の追求をこの文脈から解釈しようとした、H・スペンサーやW・G・サムナーの社会理論があげられる。ただし、スペンサーの社会進化の考え方は、ダーウィンの生物進化論の主張に先行するものであり、社会ダーウィン主義からはみだす部分を含んでいる。第二に、生存競争と自然淘汰を、人種と人種の間の闘争や征服の事例に適用しようとしたグンプロビッチ、ラッツェンホーファー、アモンOtto Ammon(1842―1916)、ラプージュGeorges Vacher de Lapouge(1854―1936)、チェンバレンなどの社会理論があり、先進資本主義諸国による植民地獲得競争や帝国主義的進出を合理化し、部分的にはファシズムの人種理論にも影響を及ぼしている。第三に、クロポトキン、ノビコフ、ウォードなどの社会理論にみられるように、社会的連帯を中心とする社会進化のとらえ方があるが、この考え方は今日ではあまり採用されていない。

http://100.yahoo.co.jp/detail/社会ダーウィン主義/

これはまた、「文明の衝突」The Clash of Civilizationsタイプの理論付けによる特徴もある。

ちょっと長い引用だが、
「文明の衝突」:ハンチントンは、冷戦後の国際社会がグローバルな一体化へと進むという当時の一般的な見方に対して、国際社会はいくつかの文明圏に分裂しそれらの対立・衝突によって世界秩序がつくられていくという見方を示した。彼の理論は、その後のコソボ紛争東チモール紛争、あるいは2000年の南北朝鮮首脳会談の実現などでも予見性の高さを示した。とりわけ2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ事件は、「西欧文明と非西欧文明の対立」という「文明の衝突」のシナリオがにわかに現実味を帯びてきた事件であり、膨大な実証データに裏づけられた彼の理論が今日でも通じることを証明した。

ハンチントンの説に従えば、1980年代末の共産主義世界の崩壊後、さまざまな民族におけるもっとも重要な違いは、イデオロギーではなく文明の違いとなった。冷戦後の世界は、冷戦時代の三つのブロックではなく、中国、日本、インド、イスラム、西欧、東方正教会ラテンアメリカの七つ(もしくはアフリカ文 明を加えて八つ)の文明に分けられる。新しい世界においては超大国同士の抗争にとってかわって、「文明の衝突」が起こるようになるという。同じ文明に属する国家やグループは力を合わせて「同類国」を支援しようとする。そのため、文明の異なる国家やグループのあいだで暴力闘争がひとたび起こると、それはエス カレートしかねず、きわめて危険であるという。逆にイデオロギーによって引き裂かれていた文化的に一体感をもつ人々が連帯し、統一へと向かうことになる。

冷戦終結以降もっとも強力な文明であるアメリカを中心とした西欧文明は、彼によれば他の文明に対する力が相対的に衰えつつある。中国文明やイスラム文明は経済力や軍事力を強化し、西欧に対抗している。このように冷戦後の世界は、西欧文明と非西欧文明の相互作用が中軸となっていくという。

彼によれば来たるべき時代の平和は、世界の主要文明の政治的・精神的指導者たちの理解と協力いかんに かかっている。世界平和にとって、「文明の衝突」こそが最大の脅威であり、文明にもとづいた国際秩序こそが世界戦争を防ぐ安全装置なのである、とハンチン トンは主張している。

ハンチントン:Samuel P. Huntington(1927― )

アメリカの国際政治学者、ハーバード大学政治学部教授。ニューヨークに生まれる。1946年エール大学で学士号、48年シカゴ大学で修士号を取得。50年よりハーバード大学で教鞭をとり、51年同大学で博士号を取得する。59〜62年コロンビア大学の「戦争と平和研究所」の副所長を経て、62年ハーバード大学に戻り、同大学政治学部長などを務める。77〜78年国家安全保障会議安全保障政策担当コーディネーター、89年よりハーバード大学の「ジョン・オリン戦略研究所」所長。93年に『フォーリン・アフェアーズ』誌で「文明の衝突」The Clash of Civilizations?という国際政治理論に関する論文を発表し、注目を浴びた。

http://100.yahoo.co.jp/detail/ハンチントン/

これは多分、戦略地政学のいかなる学派でも良いのだが、それを純粋な国家主義的な概念に最も近づけたものであり、他のより普遍的な要素を加えて作り上げたものであった。

ドイツは2つの世界大戦の間国際システムの中にあって、修正主義国家として行動して来て、イギリスの支配を覆し、アメリカとロシアの覇権の出現に対して迎え撃とうとした。文字通りの独立国家としての新参者としてドイツは工業生産のための植民地と市場がなく、また、急激な人口増加を経験していて、国際システムの中で、富と領土のより公正な分配を求めた。近代の学者はドイツによって引き起こされた2つの世界大戦は一つの戦争として扱われ始めている。その戦争の中で、修正主義者ドイツは国際システムを再秩序化するための覇権支配にかけようとした。公然の動機が民族の問題であり、この時期の多くの紛争がそうであったように、ドイツの外交政策は双方の戦争に於いて、大いに一貫していた。ナチの外交政策は過去の帝国の間違いを経験して来た限りにおいて、独特であり、本質的にはドイツの地政学「ゲオポリティク」と帝国の歴史的な記録によって、用意された極めて似た設計となっている。

ウィルヘルムの地政学

政策の多くの源泉は後に地政学者のよって支持され、民族社会主義者実行されたが、第一次世界大戦前のドイツの帝国の野望からでて来たものである。それらは中央ヨーロッパの考えからでて来ている。それは後の「生活領土」lebensraum(ナチのスローガン)と経済の支配の概念の基礎を提供し、これらは後に、全地域のなかの地政学者の理論を特徴づけることになる。

Map-deutsches-kaiserreich

ドイツ帝国 1871-1918

権力を得たウィルヘルム2世の即位は「太陽の場所」のためのドイツの多くの望みが解き放たれ、併合の政策を要求し、ヨーロッパに於けるドイツの資源と名声を増大させようとした。


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Kaiser WilhelmII



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プロフィール

海野 恵一
1948年1月14日生

学歴:東京大学経済学部卒業

スウィングバイ2020株式会社
代表取締役社長
大連高新技術産業園区招商局
高級招商顧問
大連市対外科学技術交流中心 顧問
無錫市人民政府 ITO推進顧問
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