2010年09月26日

English10

昨日は家族全員が一日中家にいた。珍しいことだった。私はそのために、一日休息することが出来た。さて、Wiley Publishing社のウェブスター新世界辞典の編集長のAgnes氏の反論だ。いよいよこのディベートも後半に入って来た。タイトルがEnglishなので、今までと違い政治がらみでないので,甘く見ていたが、結構難しい。さて始めよう。

 
Michael Agnes
提議者の反論
The proposer's rebuttal remarks
Jul 7th 2010 | Michael Agnes  

私の造詣の深い反対者の最初の視点は実際に私の立場を支持していると信じている。
Robert McCrumが引き合いに出している「英語」の特徴は特にアメリカ英語に起因している。「ボトムアップで機能するのか?」そうだ。その通り。結局、我々にFowler and Gowersを与えてくれたのはアメリカ英語ではなかった。

Henry Watson Fowler (1858-1933)
Sir Ernest Arthur Gowers (1880-1966)

Henry Watson Fowler (1858-1933) A Dictionary of Modern English Usage (1926) は、Sir Ernest Arthur Gowers (1880-1966) による小改訂 (1965) を経て、長らくイギリスの権威ある語法指南書として親しまれてきた。注

I believe my learned opponent's first point actually bolsters my position. The characteristics of "English" that Robert McCrum cites are particularly attributable to American English. "Operates bottom up"? Yes, indeed. It was not American English that gave us Fowler and Gowers, after all.

そのかわり、それはアメリカの辞書であり,言語の記述的な取り扱いの中に、勇ましく押し込んでしまい、過去の規範主義を拒絶した。McCrum氏は適切に、 特に、アメリカの随筆家や詩人を丁重に引用し,彼らはアメリカ英語は活力ある独立と不屈の精神を持って英語の起源から派生して来ていることを良く理解していた。

Instead, it was American dictionaries that bravely took the plunge into descriptive treatment of language, rejecting the prescriptivism of the past. Mr McCrum is gracious to cite, aptly, a specifically American essayist and poet, one who well understood that American English had diverged from its British origins with a vigorous independence and sturdiness.

規範主義:以下のような解説がネットにあった。

規範の成立 18世紀には、英語を固定しようとする動きが出てくる。

英語アカデミー設立の提案  Jonathan Swift, “A Proposal for Correcting, Improving, and Ascertaining the English tongue” 1712年 不成功に終わる。

本格的な国語辞書 1755年 Samuel Johnson, A Dictionary of the English Language 収録語数約4万。 標準的な語句を精選語義を従来よりも精確に定義し、語義用法を例証する引用文を一流作家から多数とり、出典を明示。慣用としておこなわれた綴字を提示し、その英語の固定化に寄与する。

http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/ykawa/jafle.files/workshop_no5.files/urata.htm

彼は国の言語の力と説得力を十分によく知っていた。ますます民主主義の世界の中で,アメリカ英語はその代替手段よりも簡単により受け入れることができる。

ここで彼が言おうとしているのはイギリス英語と違って,アメリカ英語は規範主義では無いから,絶えず変化し,英語を固定化しようとはしないと言うこと。注

He knew full well the force and eloquence of the national tongue. In an increasingly democratic world, American English is simply more embraceable than the alternatives.

第二の点ではMacCrum氏が世界の文化と政策を促進するにあたって,アメリカにどの言語を使わせようとしているのか定かでない。アイリッシュの英語か?インド人の英語か?我々がこれらの多様性を持つことはそれほど良いことではない。勿論,我々はアメリカ英語を使う。

On the second point, I am not sure what language Mr McCrum would have America use in promoting its culture and policies in the world. Irish English? Indian English? We're not all that good with those varieties. Of course we use American English.

そして、コカコーラ植民地主義の運営は(すばらしく調和していて,)何か致命的な病気もしくは他の自然災害があなたの国を襲わなければすべてが結構なことだ。それから、アメリカの無比の寛大さが最も歓迎されているように思われる。あなたがワクチンの小瓶とか食品の木箱に書いてあるアメリカ英語であったとしても。非常に多くの英語を話さない人々がとりわけアメリカ英語を習おうとしているのは不思議ではないか?ーそれは彼らが我々の映画の中で聞いて,我々の著者の作品を読もうとしているその多様性にある。

ここではアメリカは寛大だから,たくさんの人が英語を勉強しようとしている。コカコーラ植民地主義は悪くないと言っている。注

And charges of coca-colonialism (lovely blend, that) are all well and good until some lethal disease or other natural disaster hits your country. Then the unparalleled generosity of America seems to be most welcome, even if it is American English that you read on the vaccine vials and food crates. Is it any wonder that so many non-English speakers want to learn specifically American English—the variety that they hear in our films and want to read in the works of our authors?

第3に、「世界がアメリカ英語にうんざりして来た」と主張するこ とは少しばかり誇張していて、ーそれは、時々、アメリカの政策であり,多分,言語ではない。このディベートの提案はMcCrum氏が彼の最後の段落で言ったように、アメリカが誰かに何かを課すことではないことをここで言及しておく。

On the third point, to claim that "the world [has] grown weary of American English" is more than a bit of a stretch—of American policy at times, perhaps, but not of the language. I note here that the debate's proposition is not about America's imposing anything on anyone, as Mr McCrum has it in his final paragraph.

むしろ、それ(提案)は英語を既に話す人々によってアメリカ英語をグローバルの標準としての自由な承認についてである。

私はMcCrum氏に「グロービッシュ」を新造語として祝おう。しかしながら、もしそれがこれから存在するのであれば,この英語の多様性はまだ、発達段階にあり、現時点でそれを採用するには(英語の多様性がそれを)全く実務的にしていない。私はイギリスに於いて英語を話す人たちがグロービッシュに群がることを想像することはできないし,アメリカに於いても同様だ。

我々は身近に、実行可能で、確固不動の、選ぶことの出来る多様性,なかでも、最も卓越したアメリカの多様性を持っている。

Rather it is about a free acceptance of American English as a global standard by people who already speak English. I congratulate Mr McCrum on "Globish" as a coinage. However, if it yet exists, this English variety is still in its formative stage, making it wholly impractical to adopt at the present time. I cannot envision English speakers in Britain flocking to it, or those in America. We have at hand viable, well-established varieties to choose from, most prominently the American variety.

以上で,Wiley Publishing社のウェブスター新世界辞典の編集長のAgnes氏は終わった。今日の話を読んで、感じたことであるが,チャイナモデルに於ける中国もアメリカ英語に於けるアメリカもこの世界に於けるグローバリゼーションをそれぞれの国家が意識していて,世界に君臨して来ている。そうした双方の国家に間に日本がどうあるべきかを今考えると,日本語と言うよりも、日本自体の国家のプレゼンスがどうあるべきかを問われているような気がする。

世界に対して,日本がこうした大国のような特色がないのは事実だし,そうしたメーッセージも出していない。今回の尖閣諸島の問題も腰砕けのような結果に終わってしまっているし,円高に対しての介入についても明快でない。いわば、筋が通っていないと言うか,国家に芯がない。今日はこれまで。



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海野 恵一
1948年1月14日生

学歴:東京大学経済学部卒業

スウィングバイ株式会社
代表取締役社長

アクセンチュア株式会社代表取締役(2001-2002)
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