2010年09月27日

English11

いよ いよ10月が今週のスケジュールに入って来た。本格的な秋だ。毎年そうだが,夏の習慣がなかなか抜けない。いつの間にか寒くなって来たと言う感じだ。昨日は衣類の整理を行った。スーツを夏もの10着,冬物10着にしようと大分、捨てた。衣類はまだまだあるので,来週も行わないと整理できない。最近は本を殆ど全部捨てたが,今度は衣類で,これで終わりだ。さて、今日はオブザーバーの副編集長で「グロービッシュ」の著者のMcCrum氏の反論だ。彼の話も難しい。さて始めよう。

Robert McCrum
反対者の反論
The opposition's rebuttal remarks
Jul 7th 2010 | Robert McCrum  

Mike Agnesになにを言うべきか、もしくはどこから始めるのか見分けることは難しい。彼はなんと風変わりな討論者なのだろう。この多少巧妙な北アメリカ戦略はゲリラ戦争の学究版であり、あなたの反対者を混乱させ,出し抜くためなのか?我々はとても多くの共通点を持っているように思える。

It is hard to know what to say to Mike Agnes, or where to begin. What an odd debater he is. Is this some cunning North American strategy, the academic equivalent of guerrilla war, to confuse and outwit your opponent? We have, it seems, so much common ground.

彼が書いたものの多くは私がグロービッシュと呼んで来た英語の形式のために既にして来た議論を支援しているように思える。私が既に勝利を収めていると思うのは生意気だろうか?

Much of what he writes seems to lend support to the argument I have already made for the form of English that I have called Globish. Is it presumptuous of me to think that I have already carried the day?

例えば、すぐさま、Agnes氏が「英語をより一様にすることによって国際的なコミュニケーションを効率的にする利点」を促進すると言う文章に誰が反対することができるだろうか?」パチン!(指をぱちんと鳴らすこと。「その通り」と言う意味。)

For instance, right off the bat, who could possibly disagree with the sentence in which Mr Agnes promotes "the advantages of streamlining international communication by making it more uniform"? Snap!

ここで、我々を隔てているすべては手段についての議論であって、目的ではない。例えば,あなたが英語について、信頼出来るものとして、規定することができないし、そして、規範的な習慣は通常、広く一般に普及していると私は強く主張する。

この部分は文章自体が矛盾しているようだが,先のAgnes氏の規範主義を批判している。英語は規範的ではあり得ないが、一方で,人々は規範的な習慣を持っていると言っていて,英語を固定化するかどうかの議論は意味が無いと言っている。注

Here, all that separates us is an argument about means, not ends. I, for example, insist that you cannot, reliably, be prescriptive about English, and that normative habits usually prevail.

勿論、Agnes氏の幾分,彼の基本的な要点の簡明な労作を掘り下げて行けば,あなたはすぐに幾つかの疑わしい意見を見つけ,それは学究的な考えを提案していて,それはー 何というかー 最近は図書館もしくは図書館の専門的な閲覧席からあまり離れたものではない。

Of course, once you drill down into Mr Agnes's rather terse elaboration of his basic point, you quickly find some questionable sentiments, ones that suggest an academic mind that has—shall we say—not recently strayed too far from the library or the scholarly carrel.

2010 年に「アメリカ英語の時代が到来した。」と真面目に書いている人は誰でも、まず第一に、Bangalore, Manila, Rio de JaneiroもしくはJohannesburgを訪問しなければならない。そこでは、そして英語を話す世界にまたがって,あなたは新しい世代を見つける ことができ,彼らは実際にその世代が使う国際共通語に関しての選択をしたがっている。それは「歴史と過去の文化的な結びつきから独立している。」

Anyone who can seriously, in 2010, write "American English's time has arrived" ought, for a start, to visit Bangalore, Manila, Rio de Janeiro or Johannesburg. There, and across the English-speaking world, you will find a new generation which does indeed want to make a choice about the lingua franca it uses, one that is "independent of history and past cultural ties".

そのために私の言葉をとってくれ。:それは確かにアメリカ英語ではない。;それはグロービッシュだ。私は過去5年間に引き受けた現場の調査を基礎にしてこれを主張している。この私が述べて来たグローバルな(アメリカ英語に反対して,)英語はー 私を信じてほしいが,ー 規準である。

Take my word for it: it is certainly not American English; it is Globish. I assert this on the basis of field research undertaken in the past five years. The global (as opposed to American) English I have described is—believe me—the norm.

再び,彼の第二段落を参照すると,Agnes氏はもっと世間に出なければならない。これらの滑稽な英国系アメリカ人の誤解は先の世紀に於いては十分に現実的であったが,今や1980年代のくだらない連続ホームコメディだ。たぶん、Agnes氏は彼の「Frasier」や「Friends」(アメリカの連続ホームコメディ)のシリーズのセットを捨てて,北京の人民大学に私と一緒に来るべきであり、そこでは、毎週の金曜の夕方に、学生が集まって「英会話」と呼ばれているものを練習している。

Again, referring to his second paragraph, Mr Agnes ought to get out more. These comical Anglo-American misunderstandings, which were real enough in the last century, are now the stuff of 1980s sitcoms. Perhaps Mr Agnes should throw away his boxed set of "Frasier", or "Friends", and come with me to the People's University of Beijing where, every Friday evening, the students gather to practise what they call "English conversation".

それは「knocked up」(テニスの試合前にウォーミングアップする (笑))のまごつかさせる意味の違いを理解する英語の類いではなく,しかし、それはグロービッシュであり、(グローバル英語で,アメリカとイギリスの熟語,文法、構文を借りて来ている)若くて,中間層の中国人の強い願望にかなっている。

It is not the kind of English that would understand the embarrassing nuances of "knocked up" (ho ho), but it is a Globish (a global English, borrowing from American and British idiom, grammar and syntax) that serves the aspirations of young, middle-class Chinese.

私の弁論、言語学的な話はこれで終わり。

I rest my case, linguistically speaking.

オブザーバーの副編集長で「グロービッシュ」の著者のMcCrum氏の反論はもう一回続く。今日はここまで。







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海野 恵一
1948年1月14日生

学歴:東京大学経済学部卒業

スウィングバイ株式会社
代表取締役社長

アクセンチュア株式会社代表取締役(2001-2002)
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